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2018.07.22 Sunday

そろそろ また 生きてみようか

JUGEMテーマ:ねこのきもち

 

さて、何から書きましょうか、まぁ、パパさんが書き出すといつも長くなってしまうけど・・・

 

まずは、今年の1月にパパさんの父親が亡くなった時、励ましの言葉やお見舞いの言葉をくださった方々に、遅ればせながらお礼を申し上げたいと思います、本当にありがとうございました、力を落としていたパパさんには、とっても支えになりました、心より、ありがとう!

 

奥さんの意思で、去年の10月に子供だけ帰国させたわけですが、その奥さんもパパさんの父親の死の影響か、少し精神的に不安定になったと思われたので、今年の1月に帰国させました。

 

そして今年の6月、奥さんが日本に帰って来て、7月には子供と奥さんの母親と、奥さんのお姉ちゃんが一緒に来日しました。

 

父親の死から半年、パパさんも少しずつ元気になっていき、もちろん子供と奥さんとお母さんとお姉ちゃんが家にいて、さらに雫たち6匹と、ユーランたち5匹、外には野良猫の親子6匹が毎日の様にご飯を食べにきているのですから、賑やかなのは言うまでもありません。

 

でも、人生とはまったく持って儚いもの、7月17日午後10時40分、パパさんの母親が死去しました、父親と同じく昭和3年生まれの90歳、まぁ、大往生だったのではないでしょうか。

 

パパさんが中学生の時に家に来た母親なので、その頃には随分と反発していたのを覚えています、あれからほぼ40年、パパさんの祖母に尽くし、父親に尽くし、ただただ感謝しかありません。

 

葬儀場のあの、棺を乗せる台車の機械的な音、いつ行っても慣れるのもではありませんね、いま目の前にあった身体が、たった1時間半ほどで無になってしまう、生きている意味、生きて行かなければならない意味、どう消化させれば前へ進めるのか、パパさんの心も体も、また元の木阿弥になってしまいました。

 

大きな柱を立て続けに2本も失って、それでも立っていなければならないのはとっても辛いです、これで本当に、頼るものは何もなくなりました、奥さんや子供がいても、やはり両親の存在は意味合いが違います、いてくれるだけでいい、パパさんを包んでくれていると言う、その安心感においては。

 

暑い日が続きます、みなさんお体ご自愛ください、今日死んでもいい生き方を、ますますこの頃そう思うようになりました、ご飯を食べに来ている6匹の猫の親子も、なんとか出来れば、そう思っています。

 

今日もにゃんこを抱きしめて、明日もにゃんこを抱きしめて、繋いだその手、どうか離さないで!

 

では、今日はこの辺で。

 

バイバ〜イ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

{love}
2018.01.04 Thursday

子を抱く父の笑い顔 セピアに刻んだ人生を 涙で濡らせどなお愚か 儚さ知りてもなお愚か 

JUGEMテーマ:ねこのきもち

 

昭和3年生まれ、どんな時代だったんだろう?そんなパパさんの父が、1月3日、午後5時に逝きました、享年91歳、優しい父親でした。

 

ごめんなさい、これはパパさん自身が記録として残しておくために書き綴っておきたかったから、ただ単にパソコンに向かっただけです。

 

パパさんの母親は、パパさんが一歳半の時に亡くなりました、だからパパさんは写真でしか母親の事は覚えていません、そして父も、パパさんの母親とはほんの数年しか一緒にいられませんでした、母親は最初の子供を流産し、そしてパパさんが生まれ、しかし次の赤ちゃんが出来たもののまた流産し、赤ちゃんと一緒に亡くなってしまいました。

 

パパさんが30代のころ、ある日記を家の片隅で見つけました、それは堪えんばかりに父によって書きなぐられた、母の死についてのものでした、最愛の妻を亡くした父の叫びはパパさんごときの人間にわかるはずもなく、でも、”最後まで読まなければ”、そんな衝動にかられたのを覚えています。

 

パパさんは中学の時に祖父を見送りました、祖父は冬になると炬燵で靴下を温めて、登校する前のパパさんの足に履かせてくれたものです、30代の時には祖母を見送りました、母親がいなかったパパさんの、育ての親といっても足りないぐらいにパパさんを愛してくれ、また、大正生まれの強さをパパさんに教えてくれたような気がします。

 

誰しも通らなければならない道だけれど、またひとり、パパさんの元から去って行きます、パパさんはまたひとりぼっち、奥さんや息子がいても、やっぱりひとりぼっちになったんだなぁと思わずにはいられません。

 

父は頑張ってくれました、奥さんの喪服を用意する時間もくれましたし、初詣にお参りする時間もくれました、父の人生が幸せだったかと聞かれれば、パパさんはただただ”そうであって欲しい”、と願うばかりです。

 

色んな事を、時間をかけて思い出したいと思います、今パパさんに出来ることはそのぐらいで、父の存在がどんなものであったにせよ、今パパさんがこうしてこの世にいられるのはすべて父のおかげ、父親の気持ちが分かる様になったパパさんは、またここから父と新たな生活を始めようと思います。

 

みなさんには、パパさんから言うのもおこがましいですが、今一度ご両親に対する自分の気持ちを客観的に見て欲しいと思います、あくまで個人的な思いですが、お葬式にお金をかけるなら、ご両親が健在なうちにたくさんのお金を使ってあげてください、思い出だけが宝物です。

 

やがてその宝物は亡骸と一緒に永遠の中に閉じ込められ、そしてあなたの心の中にも永遠を作る事でしょう、故人の永遠には誰も触れることは出来ず、あなたの永遠にも誰一人として触ることは出来ません、この世にお金以上のものがあるとしたら、それは心に刻めるもの、唯一それが永遠に残るものです。

 

ありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

{love}
2017.08.01 Tuesday

感じて

JUGEMテーマ:ねこのきもち

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さてさて、とうとう8月になりましたね、みなさんにとって7月はどんな月でしたか?パパさんはなんとな〜く過ごしてしまって、あっという間に一か月が過ぎてしまいました。

 

奥さんと息子も10日間ばかり里帰りしたりして、まぁこんな生活にもなれましたね〜、ただひとりだとやる事が多すぎて、にゃんこたちの写真も今月は満足に撮れませんでした、にゃんこたちが暑くて寝てばかりってのもあったけどね。

 

雫たちは元気、病院のお世話にもならずありがたい限りです、ただ子猫たちの母親(王蘭)は、ちょっとというか酷い貧血になっていて、あわてて病院へ連れて行きました、いつも真っ先にご飯を食べに来るのにうずくまったままだったから。

 

先生曰く、”子猫たちへの毎日のおっぱいで、全部栄養を取られてしまってるからでしょう”との事、血液の色も薄かったようです、でも今は薬と栄養価の高い食事の甲斐もあって、元の元気な王蘭になりました。

 

ってなわけで、写真が用意できなかったのでお決まりのこの写真で今日のところはご勘弁を、この写真は2013年10月のもの、早いね〜、カメラのカの字も知らなくて、パパさん夢中で撮ったのを覚えています。

 

では、今日はこの辺で。

 

バイバ〜イ!

 

※私信 POMくん、お疲れ様でした、POMママもまだまだ辛い日々が続くと思いますが、いつも傍にいるからPOMくん、ホントだよ、POMくんを感じて、ね!人は誰しも励まされながら生きています、少しずつゆっくりと前へ、大丈夫!

 

 

 

 

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